Tamikoのよろずやエッセイ
(随時更新いたします)
2005
2006
「Tamikoのよろずやエッセイ」
遅くなりましたが、7月7日に行なった長野県立こども病院での「七夕コンサート」についてご報告させていただきます。
ご連絡いただいたのがその1週間前だったんです。予定していた演奏者の方が急に都合がつかなくなったらしいです。
以前にこの病院の産科病棟で小さなコンサートをさせていただいていて、担当の看護師さんが私たちのことを思い出してくれたようです。
急でしたので(そして平日だったので)ギターの辻氏は都合がつかず、
私一人で歌わせていただくことにいたしました。
そうとなれば張り切ってさせていただくぞ〜、
ということで私は七夕当日でもあるので「雅音人星から舞い降りた織姫」に扮してそのイメージでコンサートの組立をしてみました。
2日前に下見に伺ったのですが、会場となる講堂に備え付けられている音響機器は確かに当初は立派なものであったとは思われるのですが、
そろそろ調子が悪くなる時期を迎えれいるかのようで、少々不安を抱かせてくれまして…失礼とは思ったのですが、
結局自前の音響器材を持ち込むことにしました。
どんなコンサートにしても100名を超える規模だと一人でというのは難しいので、
ここのところ手伝ってくれている玉木君(といっても所帯持ちのいい大人なんだけどね)にサポートをお願いしました。
当日会場は青い夜空に天の川がしつらえられ、
みんなの願い事を託した七夕飾りがステージを彩っていました。
入口には雅音人コンサートのチラシが七夕飾りと共に貼られ、
私もやる気満々といったところでした。
院内学級の子供たちの演奏発表もあるとお聞きしていたので、
自分の出番よりそちらを見たい〜!という気持ちが高まってしまって、しっかり見させていただきましたよ!
病気と向き合いながら、大変だと思うけど一生懸命練習した成果です。
なんといっても感動しますよ。
「I BELIVE」とほかに地元のコーラスの方たちのとコラボレーションでの演奏、とてもよかったです。
いよいよ出番となり、鈴を鳴らして登場です。
一人の時にはアパペラで歌うことも組み込むのですが、この日は「たなばた」を歌いました。
そして子供たちを意識して子供向けの曲を続けで歌いました。
このコンサートの特徴は下は「乳幼児から上はご年配の職員さんたち」ということで、
子供たちも中学生の子たちまでいますから、いったい私の選曲がどこまで受け入れられるか、内心不安でした。
しかし歌い進む中で、みなさんがよく聴いていて下さっていると感じ、
のびのびと歌うことができました。直前に作った曲を合わせて全6曲を歌わせていただきました。
終了後、みなさんの笑顔がとても印象的でした。
そして担当の師長さんから、七夕にぴったりなコンサートでした、
と声をかけられ「神経科の子供たちが静かに聴いていられました。
寝てしまう子もいてびっくりしました。下田さんの声が脳にいい波動なんでしょうかね。」と驚いていらっしゃいました。
私も驚きました。そしてうれしく思いました。
そういった子たちは落ち着いて聴いてはいられないことが多いそうなんです。
ただ以前、障害児の親と子の会のテーマソングをCDにさせていただいた時、
曲を作ったお母さんから、子供さんの通う幼稚園の多動のある中国人の子で、
お昼寝ができないでじっとしていられない子がCDを聴かせるとすぐにすやすや眠ってしまった、
と教えてくれたことがありました。
そうなのかな〜、私の声って。
また神経科でコンサートしていただけたらいいですね。といってくださいました。
サポートしてくれた玉木くんが、「聴いている方たちの顔がだんだん変っていくのがわかるんですよ。
僕も会場で聴きたかった・…」とコメントしてくれました。
いろんな障害がある、いろんな人生がある。でも負けないで。
そんな出来事が何かを必ず教えてくれる、もたらしてくれる。
マイナスばっかりじゃない、それを伝えたかった。
2日前に下見に来たとき、その次の朝できた曲があり、
これはみんなへのメッセージかもしれないと思いアカペラで歌わせていただいた曲があります。
「悲しみを希望に」
〜悲しみを希望に代えて 生きる命はすばらしい・・…〜
・・…またこの曲をいつか行なわれるコンサートに歌うことによって、
私がこども病院で感じた希望へのインスピレーションを伝えていけるに違いない。そう思っています。
2/18
2月14日、巷はバレンタインデーで賑わっている日に私はこの夏出版される
予定の長野県版の写真集「アドア」の写真撮影に臨みました。
この本は長野県で活躍している女性を特集するもので、その活動や人柄や考えなどが紹介されます。
あるコンサートの直前に、突然出版社の社長さんから連絡があり、お会いして話がしたいとのこと。
では、ということでコンサート会場に来ていただき、終了後にお話を伺い取材していただくことにしました。
撮影は延期を経て当日を迎えたんですが、前回は野外撮影を計画していて
天候に不安があり延期となっていたのでスタジオ撮影をお願いしました。
素人ではあるけれどもせっかくなので私なりにテーマを持って臨もうと思い、
考えたあげく私の曲のタイトルでいこうと思ったのです。
そして私の曲のジャンル・・・テーマ別に伝えようと思いました。
「私の中の永遠」・・・母性を歌う曲、愛、平和への思いの曲のイメージ
「恋歌」・・・雅音人の曲の中で恋、愛をテーマとしている曲イメージ
「春告鳥」・・・現在進行中の曲のイメージとして
「風のラブレター」・・・風を感じる、人間の温かさを感じる曲のイメージ
これらに合うイメージの写真が撮れたらいいと思ったのです。
これに合わせて衣装を持ち込みました。
場所は松本市の「スタジオグロウ」。カメラマンは田中慎二さん。
伺ってみると取材を兼ねて、とライターの有賀みさとさんという女性も来られていました。
ご挨拶のあと、さっそく考えてきたテーマを伝えました。
併せて取材もということで、プロフィール等聞かれたのですがホント私はダメな人です。
ああ、何も考えてこなかったなー、だいたいこんなときうまい言葉は出てこないものなんです、私の場合。
ただこの撮影に向けて考え、感じたこと。
それは「私にとって何よりも重要なことは曲がいかに生かせるかということ。
そのために自分がどうあるべきか、自分をどう演出するか、まわりにどう理解を求めるか。
私はそのことしか頭にないんだ。」ということ。
私という人間はステキでありたい、きれいでありたい、という気持ちがあまり強くない。
だから日頃はとってもおばちゃんしているんです。でもステージのことを考えるとどこまでも
よりよい表現を追求してしまう。衣装もヘアもメイクも自分らしさより曲が優先する。
曲のイメージ、どうしたらより伝わるのか?そのことばかりを考えてしまう。
私はいい言葉は用意していなかったんだけど、この間感じてきたことをそのまま有賀さんにお話しました。
「ときには曲に負けてしまうんですよね。」表現が、歌唱力が曲に負けてしまう・・・。
そう感じる瞬間はとても多くて、そのことを伝えました。
ときにアカペラで歌いながら自分のイメージを少しでも伝えたくて
貪欲にわがままを言いながらの撮影でした。田中さんは大変だったかも。
スタジオ撮影が終わって外の撮影もしましょうか?と外へは出たのですが、
雲が広がり、風も強くなってしまったので、もう少し暖かくなってからにしましょう、ということになりました。
本当に田中さん、有賀さん、お世話になりありがとうございました。
こういった撮影は初めてでしたから、後から考えればもっとこうしたほうが良かったかな、などと欲が出てしまうけれど、
この撮影で作られる写真によってこの後どんなことが起こるのか?
できることならより私の曲たちが羽ばたきやすくなったらいいな、と思うのです。
この写真集が出版されてご覧になる方は、着飾った私が素敵な写真になっていて羨ましがったり、妬んだりするのだろうか?
すごいわね〜、いいわね〜、なんていわれたとしても私の気持ちとの間には大きな隔たりがあるのです。
「すべては生まれてきた曲のために」
私にとって曲の表現のためでなければこの撮影自体さえ意味の希薄なものになってしまったと思います。
私を素敵に写すためのものでなくていい。私のこんな思いつめるほどの表現者の気持ちを撮って欲しい。
そんな願いを持っていました。そして撮影が終わった今、写真が出来上がってくるのを待つ間も、ただそれだけを願っています。
今も私の頭の中は更なるより伝わる表現、メロディー、言葉、思いを追い求める気持ちでいっぱいです。
生まれてきた曲を十分に表現できるアーティストになる、そのために自分を向上させる。それが今後の私の最大の目標です。
2/5
【新曲“恋歌”によせて】
先ほど完成となりました「恋歌」という曲についてお伝えしたくなりまして、というか感じたことがあり綴ってみようかと思いました。
「心に響く・感じる」とは?と考えたわけです。
私も含めてみんなはね、できるだけ平穏に暮らし平静を装っているんじゃないでしょうか?
あくまでも「できるだけ」。でも人生ってそんなに平穏にいきます?
私をとってみても山あり、谷あり、思いがけない人生の岐路に立ったり災難が降りかかってきたりしておりますもの。
楽しいことばかりじゃない、耐え忍ぶこともあるし、涙に暮れることもある。
やはり尊い命というものはそれぞれがとてもドラマチックなのだと思ったのです。
だからこそドラマチックな曲というのはタイミングもあるけれど、心を捉えて離さない、ということがあるんでしょうね。
現在私はドラマチックなモードに入っているらしく、
これまで書き留めていた曲の中から、またイメージが膨らむ曲を練り直しています。
昨今は聴きやすい曲や乗りのイイ曲が多くなっていると思うけれど、
もちろん私もそういう曲は大好きだけれど、抑えきれない胸の高揚を表現する曲はやはり伝えていきたい。
そういうアーティスト魂みたいなのが私の中にあるようで、どうにか新しいテイストで伝えていきたいと思っているのです。
まだまだ思うままに楽曲の制作が進められる環境とはいきませんが、
少しずつ私達が向上し、いつか自分の持つ音楽世界を自由に表現し皆さんと分かち合える時が来るよう努力していきたいと思います。
今は音楽が恋人??イメージどおりに曲が出来上がったときの喜びに勝るものはないかな?
本日「完成!」と自分で太鼓判を押した曲「恋歌」は「春告鳥」の姉妹曲といった感じです。
早くこれまでの私達を知っている方々を裏切りたい??ですね〜。
みなさんにお披露目したいです。また、全く私達を知らない方たちにどんどん聴いていただきたい。
そして最後にいつもインスピレーションをくださる音楽の神様に感謝。またひとつの曲が生まれました。
ありがとうございます。
【立春に思う】
現在「春告鳥」という曲の録音を進めています。
季節物の曲の中でも「春」曲はかなり多くて春になると曲が作りたい、歌いたい、という気持ちが一段と強くなります。
この度は雅音人の曲の中でも数少ない?恋愛の曲ですね。
私達を知る方々にとってはもしかしたら意外、いい意味で裏切り?かも知れませんね。
何と言ったって「誰よりもあなたの愛が欲しい〜」と歌っているのですから。
アーティストとしての幅を広げたいという思いから「雅音人」という名前で活動をスタートさせた私にとって、
一番の目標は「人間の持っているあらゆる感情を、自由に歌に表現できるアーティスト」です。
なーんてでっかい目標でありましょう!
そんな私にとって、もちろん恋愛感情だって人間の持てる大事な感情、素晴らしい心だと思っているのです。
だってこれがない人、いないでしょう?
品行方性を装っていい子でいるだけではどうしても表現できない人間の悲しさや寂しさ、恋心というものを大切にしたいと思っているのです。
この曲で恋に愛に傷ついた方たちの慰めなり代弁なりになれたらいいなと思うのです。
だって私だってこの曲を歌うとき、切なくて、でも心に押しとどめられない感情を発散できる快感みたいなの感じますから。
基本的に人間は裏も表もあって成り立っているのですよね。
私はそのどちらも受け入れ、愛したいと思っています。
去年は「ラブ・バラード」を作りたい、歌いたいという気持ちがものすごく強くなって、
松本の地からステキな愛の歌、発信しようよ!まわりに働きかけていました。
いつかそんな曲ばかりで、いろんなアーティストたちとライブできたらいいな、と考えています。
立春、というだけで春はもうすぐそこ、という気持ちになりますよね。
春の曲はどんどん生まれてきます。
しかし、生み落とすだけでなく、生まれてきた曲たちを育て愛してくれる方と巡り会い、
その曲が羽ばたくことができるようにすることも大切。
この「春告鳥」がその名のように春を告げ、羽ばたいてくれることを祈りつつ、
いい曲に仕上がるように録音を進めて仕上げていきたいと思っています。
ぜひ楽しみに待っていてください。
2006
【あけましておめでとうございます】
今年も変わらずよろしくお願い申し上げます。
と、簡単にご挨拶を済ませて・・・
元旦。大晦日から突然首のリンパ腺が腫れてきて、これはやばいぞ、熱が出る風邪かも!
と実家に戻っていたので実家の母から肩から首にかけてマッサージをしてもらいました。
なんせ新年早々に歌ってほしいという依頼があってミニミニコンサートを朝から行なわなくてはならなかっ
たのです。せめて声だけは出てほしい!と念じておりました。そして頭はとっても痛くて重くて熱っぽかったので
すが、何とかお勤めを果たすことができました(ホッ)。しかしその後は微熱と鼻水、痰、倦怠感で
とうとう寝正月となりました。それでも新年から何か曲を作ってみたいと思い、取り掛かりましたよ〜、
ぼんやりする頭を使って。
それは清水澄子の作品に曲をつける作業でした。
年末から構想を膨らませていたんですが、それをゆっくり考えて練ってみたかったのです。
まだ固まっていなかった曲を含め、5曲が姿を現しました。
私の中では、あと1、2曲で清水澄子の世界は完結を迎えると感じています。
全体が姿を現したところでこれをアルバムのようにしていくにはどうしたらいいのかを具体的に考えていこうと思うのです。
すでにCD化を期待する声はあるのですが、
そうたやすいことではないので腰をすえて取り掛からねばならないと思っています。
まずは今年はこのことが最初の目標といえるでしょう。頑張りたいと思います。
よろずやエッセイもしばらく書けなくてどうしようと思っていたのですが、
話題がなかったわけではなく、よりよい作品を作るために構想を考えたり物思い?にふける時間が惜しくて
そちらに気を取られていたといえます。
みなさんとのコミュニケーションはとても大切なのですが、それ以上によりよい作品を、という思いは妥協のできない部分なのです。
思ったこと、「やっぱ私、トークで気を引ける性質じゃないわ〜」ということ。
私にとっては作品が全てで、作品によって思いを伝え、私そのものも伝えているんだな〜。そんなことを思いました。
そういう対外的、社交的な部分は辻氏に任せておこう。というと怒られるかな?
でもきっとこういうことにも波があって、この清水澄子の世界が完結したとき、吹っ切れたように思いを伝えたくなっておしゃべりになるのかも知れないし。
とにかくあのこともこのことも関心があるし、携わりたいし何とかしたいし・・・・になってしまうのは以前とは変わっていないのです。
ただ自分の時間がやっぱりもっと欲しいな。
どうかどうかこんな私ですが温かく見守ってください。
きっと心に響く作品で恩返しをしますので。ぜひよろしくお願いいたします。
そして再びおしゃべりになったときは嫌がらず付き合ってください。
今年も頑張っていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。
ではまたね。
9/16
【「小さないのち」が広げる輪】
この度発売になている「小さないのち」のCD、保母さんに広がっている。
まだまだ範囲は小さいが、11月に松本で開かれる保育士さんの集会のオープニングに
「小さないのち」を歌いたいと連絡があった。
CDを聴いてくださった野村さんという方が申し出てくれたのだ。
「とてもいいですね、小さな子のつぶやきのような歌詞で親しみやすくて。
私は3歳児の担任なんですが、曲をかけておくととても和みます。」と言っていただいた。
そして「ステキな笑顔」を来年3月の卒園に職員で歌いたいとのこともおっしゃった。
「いい歌なのでもっと広がったらいいと思うんですよ。」本当に嬉しいお言葉。
「ありがとうございます、光栄です。ぜひよろしくお願いいたします。」恐縮しながらお礼を申し上げた。
ちなみに本日また、4枚の追加注文をいただいた。ありがたい!
また、昨晩は中学の教員を辞めて心理カウンセラーをしていて作家活動をしている私の従姉妹から電話があり話をした。
彼女は仕事柄不登校やいじめの問題と向き合っているのだというが、
このCDは感じるものが大きかったようだった。
知人の関係者にCDをプレゼントしたいから3枚送ってほしいとのことだった。
彼女だって児童文学でいろんな賞を取り出版社から作品を出版しているが、
それもすごいことなのにその彼女が励みになった、私も頑張ると言ってくれた。
私自身も共通するものがあると感じていたのでとても心強く思い嬉しかった。
このCDはショップで買えるものではないし宣伝もしていない。
でも口コミで少しずつ少しずつ広がっている。大宣伝ができたら、と歯がゆく思うときもあったが、
このCDはこうやって広がるのが似合っている。そして確実に心をつないでいる。
なんか、嬉しくなってきたぞ〜、メジャーで売れるだけが音楽じゃない。
いい音楽、喜ばれる音楽、やっぱいいわ〜。
確かに売れないと困るけど、この路線は絶対続けなくちゃね!
【メディアの力は…】
先週、とある用事がキャンセルのなり、時間が空いたので意を決して地元の新聞に取材を申し込みに行った。
翌々日、その記事が新聞に掲載された。それは本当にささやかな記事だった。
にもかかわらずよくまあみなさん読んでいるものだ。「ちょっと見たよ!すごいね〜、私もCD買うよ〜!」
などとその記事を見た知人から声を掛けられる。あんまり目立ちたくないな〜、と思いつつ、
しかし知れなければ広がらないしCDも売れない。ということは支援が出来ないということではないか。
ここはがまんがまん、と、こういう冷やかしが苦手な私は胸のざわめきをなだめている。
そしていつもお世話になっている練習場所の公民館で開かれる文化祭に、
恩返しのつもりで無料コンサートのお話を持ちかけていたけれど、
新聞に載ったとたん担当の女の子から電話がかかってきて、
「新聞見ました!うれしくなって電話しました!CDも聴かせて頂いてとっても良かったです。」
と言って頂きこのコンサートを大変期待してくれている様子。
こちらとしてはとてもやりやすい感じになってきた。
そして昨日の文化祭のミーティングでも単独でコンサートの紹介までさせていただいて、
「目玉企画」といった感じになってきた。その場に居合わせた地元の共同作業所の代表の方も声をかけてくださり、
こんな方々がいるなんて知りませんでした!と感激されちゃうし、やっぱ知らせることは大切だ〜、メディアの力はすごいな〜。
8/24
8月22日、長野県立こども病院という病院へ、コンサートしませんか?と伺いに行ってきました。
対応してくださったのは、ボランティア担当の師長さんでしたが、
「だったらまず産科のラウンジでやっていただいたら」とおっしゃてくださり、案内してくださいました。
ここの産科は妊娠時、胎児に異常があったり、切迫流産や早産など出産に問題がありそうな方が入院されています。
とても小さな面談室、といったところでしたが、ここでコンサートをしていただいて
よければクリスマスコンサートとかしていただいたら、とのことでした。
生音で十分と思われる規模ですが、この病院の特質上、
子どもたちだけでなく親の心こそ癒してあげたい、励ましてあげたい、」という強い気持ちが湧いてきました。
いつものごとく、この帰り道、いのちを生み出す親の気持ちを歌に出来ないかと
知らず知らずのうちに曲を練っていました。
きっとこのコンサートの際には新しい曲をお聴きいただこうと思います。
またもう一ヶ所、松本市の社会福祉協議会へ伺ってきました。
こちらで対応してくださった方は、ボランティアセンターの山岸さんという女性でしたが、
この方はコンサートの話もとても関心を持って聞いてくださり、
さっそく10月にボランティアセンターの事務所移転オープンの際にぜひお願いしたい、との話になりました。
また、CDにも大変興味を示してくださり、
ぜひこういったものを広めて多くの出会いの場としていきたい、とお話くださいました。
よくよく聞いてみると私の職場の職員のお母様でした!びっくり!!
山岸さんはとってもいいタイミングで来て下さったとおっしゃり、
今後も応援してくださいそうです。
いろんなコンサートが決まっていきます。CD広めるためにも頑張りますよ〜!
24日朝、
松本市社協の山岸さん(先日対応してくださりサンプルCDお渡ししてあった方)から
CDを聴いた感想のお電話が入りました。
私の歌について「とても癒されるというか、元気が出てくる声ですね。
曲もとてもいい。ファンになりました。」とおっしゃっていただきました。
近いうち10月のコンサートの日程を詰めることをお願いしました。
これも私の声を引き立てるためにご苦労くださった中司さんのご尽力の賜物ではないかと思いました。
ジャケットもとてもかわいいと言ってくださり、
本当に気に入ってくださっていると感じます。
打てば響くようにどこへ行ってもいい反応をいただきやりがいがあります。
がんばりま〜す!
【OIDEYOハウスのファンです!U】
制作中だったCD「小さないのち」が完成した。
制作方法をバージョンアップしたり手直ししたりで発売が少々遅れたけれど…。
それにしてもこのデザインに携わった「ぬち」さん、よくがんばってくれましたよ。
表紙、かわいい〜。
この表紙はOIDEYOハウスのアーティストの中でも人気の高い瀬尾さんの作品だ。
完成度が高く、作品そのものを買い求めるファンもいるとのこと。
今回は作品をこのジャケット兼作品集のブックレットに載せたい人、ということで各アーティストたちの了承をいただけたものが集合している。
だから私たちが選んだものは表紙の瀬尾さんの作品のみ。中には「?」と感じるものもないわけではないが、
それでもそれぞれが力強い個性を放っている。
これをご覧になった方々の感想をたぶんさまざまだろうと思う。
しかし私はこれらの作品の完成度や芸術性を問うてみたいと思ったわけではなく、
これらの作品はほんの入口で、そこから限りない可能性が見えることを知ってほしい、感じてほしいという願いで載せさせていただいた。
だからこの作品集の出来栄えの良し悪しの感想はいらない。
なにか、楽しい気持ちやほのぼのした気持ちになっていただけたらそれでいい。
私がこの共同作業所の活動を支援したい気持ちになったのはその場所へ出向き、アーティストのメンバーの姿に触れたから。
みんなのびのびしている。そして楽しそう。とてもやさしい。
スタッフの皆さんは、メンバーのアート活動を自分が「面白がりながら」楽しませてもらっていると言い、
あくまでご本人の意思を尊重して支えている。
全てご本人の承諾を得て作品の貸し出しをする徹底ぶり。
私はその姿勢にも感動した。
私たちがメンバーさんといっしょに作品の保管場所を廻り、
案内をしていろいろ教えてくれたメンバーのひとりの西澤さんという女性は、
帰り際、お別れをするのが寂しくなって泣き出しそうになっていた。
多分年齢は私とそう変わらない。
かわいくて純真でうらやましいくらいだった。
本当に大切なものを教えてくれる場所だと思った。
OIDEYOハウスでは、到着したCDを見て、みんなかっこいい!かわいい!と感激していたらしい。
嬉しい限りだ。
9月には真田町社会福祉協議会の主催のふれあいまつりに出演が決定し、
このCDの宣伝をしっかりしてこようと思っている。
がんばるぞ〜!この売上がOIDEYOハウスのみなさんに還元されると思うとやる気が沸いてくる。
どうか多くの方々に手にしていただけますように!!
8月8日、「小さないのち」完成版CDのサンプルを受け取った。
制作途中からジャケットのデザインのかわいさは誰もが認めていてくれて、
作品を提供してくださっているOIDEYOハウスに画像を送った時も、スタッフから「すっごいかわいい!」と
感動のコメントをいただいていたから、仕上がりをとても楽しみにしていたのだ。
完成版のジャケットを受け取って、つや消しの紙を使用していただいたお陰で、
表紙につかわれている作品のボールペンのタッチまでも
(ちなみにこの作品は瀬尾さんという方の作品だが、鳥のつがいが描かれ、
その細部までがきれいな色とりどりのカラーボールペンで全面にわたって塗りつぶされているもの)
忠実に写し出されている。
本当にかわいい出来栄えだ。作品集として歌詞といっしょにブックレットタイプにしたのは正解だった。
そして、CDの盤面に使わせていただいた作品は
個展までも開いていた島さんという方の「手」の絵。これまたいい味を出している。
肝心の曲の方もつややかな音になり、心が躍る出来となった。
アートで活動する共同作業所と私たちアートウイングレーベルとが織りなすコラボレーションは
お互いのよさを引き立て合い、大成功!と私は思っている。
現在の音楽業界は「ノリ」や打ち込みのテクニックや売れ筋を意識したものが氾濫している。
その中にあってこのアコースティックの音の心地よさや優しさは新鮮に感じる。
なんか、こういう音にもっと触れてほしいな〜、とふと思った。
ジャンルが定まらなくて子供向けの曲が置いてきぼりになってしまって、
その曲たちをなんとか聴ける形にして皆さんにお届けしたいと思いながら
録音を開始してから約3年の月日が流れてしまったけれど、
いい出会いを重ね、いい時期に完成できたと嬉しく思う。
さてこれをどんな風に広げていこうか?
さしあたってきっと完成を喜んでくれるだろうOIDEYOハウスの皆さんが心強い宣伝役。
さっそく完成に合わせてNPOで経営する喫茶店のギャラリーで作品展合わせてCDの販売をしてくださるとのこと。
また9月10日には真田町の社会福祉協議会主催のふれあい祭りがあり、
私たちがステージに出演させていただくことになっていてそこでも販売が行なわれる。
すでに町の有線放送では私たちのCDを流していただき、
関心を集めてくださっているという。
参加される方たちにどんな反響をいただくだろう?がんばって歌いますよ〜!
本当に「君に会えた」ことに感謝を込めて、愛を込めて歌いたいと思います!!
7/30
【今日という日を美しく生きる】
先日、会いたいね、と何度も話していながらなかなか会えなかった友人と久しぶりに会い、話をした。
彼女は私より年上だか、子供が同じ野球部の部員で、もう引退、というころに
実は実家の母の所に何度か畑仕事を手伝いに行ってくれていた方と分かって、それからのお付き合いだ。
2年ほど前、私のCDを買いたいといってくれて、さっそく届けて聴いていただいた。
数日後の夜電話があり、とても感激したことを伝えてくれた。
涙声で伝えてくれた内容は私の心を打った。
彼女のお母さんはアルツハイマー病で長いこと闘病されていたそうだ。
しかし自宅での介護に限界を感じ、その頃施設への入所を決めたという。
元気なころも病気になってからも母娘の関係は決して良くはなく、
彼女はお母さんを疎ましい存在と思っていたようだ。
しかし施設へ入れたという罪悪感は想像以上に彼女を苦しめていたという。
そんな苦しい気持ちが、私の曲と歌声を聴いてとても癒されたと話してくれた。
そのことがきっかけで折りにふれて連絡を取り合うようになった。
彼女も知人に私の曲を紹介してくれている一人である。
久しぶりに食事をしながら近況や諸々を伝え合った。
その中でも彼女の知らなかった過去の苦労を聞いた。
突発性難聴になったこと、その時服用していた薬の副作用で精神不安定になり泣いてばかりいた頃があったこと。
夫婦の関係や絆や子供たちとのこと。父親への思い。
しかし、どの内容もとても大変なことなのに、乗り越えた今それを話してくれる彼女はとても穏やかで落ち着いている。
彼女には苦労の中から得るものをしっかり見つめる力があると思った。
私も決して平坦な人生を送っているとは言えないが、
人生長く歩んでくると分かることがある。
最近思うことは「その時を待つ力」。
たとえば絶望的な状態になった時、先のことが考えられなくなるものだが、
きっとなんとかなる、と思えるかどうか。
長く生きてきても難しいことだか、これは「信じる力」でもあると思う。
信じるということはたやすいことではないが信じていれば前に進んでゆける。
きっとこの状態はいつか変わってゆく、希望の光は差し込む、と思えるかどうか。
「その時」を信じていられたら大丈夫。
そしてタイトルにも記したが、そう信じて生きられることは「美しい」と思った。
実は私は昨年自分の現状をとても情けなく?感じてもがいていたのだ。
その呪縛から今年ふっと解き放たれた。
ありのままで生きたいと願いながら、
いつのまにかその願いから遠くかけ離れたところをさまよっていた気がした。
傍から見てその生き方が素敵と思われたり憧れられたり理想的であったり、
そういう自分であればもっと活動を広げれられるのかも知れないのに、というもどかしさ。
それはカリスマ的に人気を博すのには必要な要素かも知れない。
でもそんな風でなければ自分を認めてもらえないのではないかと少なからず
焦ってしまった自分を愚かだだったと今は思う。
なぜだろう?今はそういう気持ちがすっかり消えてしまった。
雑多なことに追われ、眠ればすぐに朝は訪れ、
目の前のことをこなしながら自分の身なりのことにもかまえずに走っている。
そんな毎日。
でも周りのいろんな物が優しくなっていく。
そして全ての人が愛しくなっていく。
謙虚に「ありがとう」「すみません」がようやく心から!?言えるようになった(今ごろ!)。
人を許せるようになって自分を許せるようになってきた。
他愛のないことだけれど私には大切な事実なのだ。
理想や願望を口にすることは、文章にすることはたやすいことだ。
でもそのとおりの心持で生きているくことは果たしてできているだろうか?
誰も少なからず思い通りに生きられないジレンマを抱えながら生活しているんだろうと思う。
その中で「本当に」「心から」感謝を伝えたり人のことを許せたりできるって、多くの試練や時間が必要なことだと思う。
そうなってやっと「自分らしさ」をありのままにさらけ出せる。
その時が「今」という気がしている。
悩む時期ももがく時期もその時は苦しいけれど必ず何かを教えてくれる、そして自分を変えてくれる。
理想どおりに生きられてはいない「今」という時を
大切に楽しみたいという気がしている。
だから「今」の目標は「今日という日を美しく生きる」。
それは素敵にかっこよく生活することなんかじゃなく「やさしく清らかな気持ちで感謝にあふれて」生きること。
そういう一日の積み重ねはいつか私の理想とする生活、人生を築いてくれる。そう感じている。
7/12
【OIDEYOハウスのファンです!】
みなさんにも知っていただきたいOIDEYOハウスのことをお話しします。
OIDEYOハウスとは長野県の真田町というところにある共同作業所です。
共同作業所というと障害者の方々が販売用グッズを作って、お仕事をしているところ、というイメージがありますが、
ここ、OIDEYOハウスはアート活動しかしていない作業所です。
私は以前からこの作業所のことを雑誌や折込新聞などで知っていて、いいな〜、
いつか代表の関さんという方にお話を伺ってみたいな〜、と願っていたのです。
ちょうどこの度親子で聴いていただきたいCDを制作していて、
ジャケットにふさわしい作品を探していました。
このCDも長いスパンでここまで完成が延びていますが、まるでこの機を待っていたかのようです。
障害者の方の作品が合うんじゃないだろうかと、
ふと思い立ち、アトリエである風の工房に突撃電話をかけました。
出られた関さんは私のCD制作のプランを聞いてくださり、
おもしろいな〜、いいですよぜひ来てみてください、と快くお話を受けてくださいました。
数日後、風の工房とOIDEDYOハウスを訪ね、アート作品に触れました。
こちらからはまだデモの状態の収録予定の曲の音源をお持ちしました。
新しいアトリエでコーヒーをご馳走になった後、スタッフの方がとりあえず選んでくださった絵を見せていただきました。
そのひとつひとつに言いようのない驚きと楽しさと幸せがごちゃまぜな気持ちにになり
「すごい!いいね〜!」という言葉ばかりが口をついて飛び出しました。
どれも自由でストレートで、魂の叫びというか命そのものという感じ。
私の心はいつしかワクワク病にとりつかれてしまいました!
「まだまだいくらでもありますので」と案内されたOIDEYOハウス、風の工房でも、
驚きの作品群を見せていただきました。
あまりのすごさにに心は踊り、楽しくて嬉しくて
いつまでも見ていたいような気持ちでした。
私は改めてアートの力を実感し、このときはっきりと「アートで世界平和は実現する!」と確信が持てたのです。
私にとってこれはとても重要なことでした。
とてもこの中からジャケットの表紙の作品を選べないと思ったのですが、
どうせならこの感動的な作品を作品集にしてジャケットブックレットにしてはどうかと思い、お話しました。
多くの方々にもこの作品に触れて欲しいと思ったからです。
数日後作品の選定に伺ったのですが、
とても選べず、作者の方々が載せて欲しい作品を送っていただくことにしました。
そして急遽その場でのみにコンサート決定!CDを流しながら、4曲ほど歌わせていただきました。
その時、自閉症の男子メンバーさんが、キャッキャッ、と声を立てながら笑っていたのです。
あとでスタッフの方に伺うと、
「あの子はとても原始的な感覚をしているので、
自分の気に入らないものに触れるとパニックになってしまう方らしいのですが、
あんなに喜んでいたのは、あなたの声が心地良かったんでしょうね。
みんなには合うのかも知れないですね。」
と言って頂いた。
これはメンバーさんに私の歌を認めていただいたみたいでものすごく嬉しかったのです。
帰り道、作りかけていた曲がOIDEYOハウスによく合う気がして、仕上げてみた。
そして一緒に行ったスタッフに無理やり聴かせました。
その曲が今回のCDに収録されることになる。今さっき音源が送られてきました。
ジャケットもOIDEYOハウス人気作家のかわいい絵を採用。
とてもかわいい仕上がりになりそう。
作品集が歌詞カードになるのですが、自分で見ても歌詞と作品がマッチしていると思います。
とにもかくにも私はOIDEYOハウスのファンであります。
いいCDになりそう。
このCDは委託販売という形でその収益は作品を提供していただいた報酬としてOIDEYOハウスに還元されます。
障害があるからといってもりっぱなアーティスト。
作品によって収入が得られることが一番。
私達はそんなアーティストをこれからも応援していきます。
みなさんもこのCD、ぜひお買い求め下さい。
7/6
【弱いもの、はかないもの、日本の風情】
私の曲について・…
弱いもの、はかないものを守りたいといういう意識から生まれるものが多いと思う。
このところはなんだか恋や愛の優しい気持ちになれる曲が生まれてくる。
ふと思う。
自由気ままに曲を作ることが、無意味じゃないのかと不安になったりしたこともあったが、
今は自分の可能性を知りたいということもあり、思ったままに作り続けている。
もちろん中途で進まなくなるものもあるが、時間を置くと、またのんびりと形をなしていくものもある。
でもやはりはかないもの、健気なものに惹かれる習性は変わらない。
働きアリを見ていて応援したくなるみたいな気持ちがいつもある。
恋愛もそうかな。とっても幸せ、よりも片思いで叶わない、みたいなのに心惹かれる。
私たちが「雅音人」という和名なのも、
日本人特有の侘び寂びの感情や日本音階の風情のメロディーを得意としているせい?
この名前が私たちらしいと思うことがしばしばある。
現在ライブでは「美しい世界」という曲をアカペラで歌ったり
、ギターに絡んでもらったりして歌っている。
この曲は決して和風ではないんだけど、ゆったりしたメロディーにシンプルな歌詞を付けて、
目標は「外人さんでも歌える日本語の曲」なのである。
讃美歌、あるいはゴスペルで歌えるものであったらいいという願いもある。
日本語の響きを味わって欲しい、その素晴らしさを感じて欲しい。
日本語の簡単な単語を口にして歌って欲しい、覚えて欲しい、と欲張りな願いを込めている。
サビに「愛してる〜、愛してる〜」って繰り返しがあるけれど、
外人さんたちが日本語でこれを口ずさんでいる光景はほほえましいだろうな〜、と
想像力豊かな私はひとりでにんまりしているのである。
その日を夢見て「雅音人」Tamikoは今日も曲作りに励んでいます〜。
【うれしかったこと・感激したこと】
アートウイング立ち上げの日の夜、
スタッフ間でチャットでのお祝い会を行なった。
スタッフも遠距離交信なので直接飲み会、なんてわけにはいかないけれど、
私はお祝い気分を出したいと思い、ワインを片手に参加。
この立ち上げに対してのそれぞれのコメントを求めてるうち、「あ、愛してます!」なんて言葉が飛び交い、
「よし、愛、まっしぐら!ってことで行こうか!」「突っ走れ、愛!だよ」みたいな結論に達した。
どちらにしても思いだけは熱いメンバーとご理解いただいていいかと思う。
とてもありがたいことは皆様お金は二の次でも、音楽をやりたい、
アートを発信したい、というところで一致していただいていることだ。
ほんと、感謝ですよ。この場をお借りしてありがとうございます!
そんな仲間がいてくれて、私もわがままなお願いをしながら今日に至っている。
そして支えてくれている方々は曲を聴いて、その感想を伝えてくださる方。
このチャットの最中に、偶然にも辻氏のところにCDに感激しました、というメールと、ご本人からのお電話があったとのこと。
精神的に長い間辛い、苦しい時期を過ごしてこられたという女性から、
「この小さな窓から」のCDを聴いて心に響き、救われたという内容だったらしい。
ようやく平穏な生活にたどり着けたとのこと。
お祝い中にタイミングよくこんなお話を聴くことができて私のほうが感激した。励みになった。
また昨日、久しぶりに徳島の知人に会えた。
彼女も私たちが制作したCDから自分で抜粋した曲を友人に紹介してくれている。
最近は精神的に悩んでいた学校の教師をしている方に紹介したところ、
心が楽になったとの感謝を言われたと話してくれた。
そして彼女自身、「この小さな窓から」の中の「明日を信じて」という曲をよく聴いて
涙を流していた頃があったの、と初めて話してくれた。
この話にも私自身が嬉しくて涙が出そうだった。
こんな方の言葉に自分が音楽を通して心を癒したいという思いや励まし、
力になりたいという思いが報われる。
本当に嬉しいし、こういうときに自分の曲を改めて聴いてみる。
自分には自分の作品をなかなか客観的に聴くことはできない。
いいと思って作っていても自己満足の場合だってありえるから。
彼女のように、自分が感じたものを回りに伝えてくれる方がいるのは本当に嬉しい。
あなたがとても大事な存在なの。本当にこれからもよろしくね、とお礼を言って別れた。
これからも感じあう、響きあう音楽を提供できるように頑張りたい。
アートウイングが軌道に乗るまでしばらくはバタバタすることもあるけれど、
この信念をずっと持ちながら新しい出会いに期待したい。
6/30
本日で2005年も半分過ぎることになります。
私にとりましては、元旦から今年は何かが動き出す、そんな予感がしていました。
昨年は思うに任せないことが多くて重たい感じでしたが、
大晦日にコンタクトレンズをなくし、がっかりしていたのが、
1月2日に朝、奇跡的に見つかったのです!
なぜかその瞬間からガラリと変わりましたよ、運命の流れみたいなものが!
このサイトでもご紹介していますが、
現在私は清水澄子という大正時代の文学少女の作品に曲をつけて、
その作品だけでコンサートを行なうことを目標にしています。
このプロジェクトは2003年2月にお話をいただいてから2年以上の月日が流れています。
清水澄子の作品の素晴らしさは次第に認められてはきていると思いますが、
私の作品について知っている方はまだごくわずか。
2003年の3月1日に(この日は奇しくも私の誕生日でして)その本を受け取ってから、
そのみずみずしい感性の虜になった!?のでした。
今でも本を開くと曲がすぐにも浮かんでしまうのですが、
現在すでに完成している作品を形にできていないのに
立て続けに作り続けてもキリがないので、封印!?しています。
なかなかよいコンサート開催の話が決まらなくて悩みつづけていたのですが、
当時このプロジェクトのスタッフをされていた方に連絡を取らせていただいてご協力を求めていましたところ、
本日その方の館長をしていらっしゃる施設でのコンサート開催が具体的に決定になったようです!
やったね、嬉しい〜!
場所は上田市の「池波正平・真田太平記館」という記念館です。
歴史に詳しい方だと「真田太平記」ってご存知かもしれませんね。いわゆる上田市の施設です。
大正時代の澄子の作品を表現するにはとてもよい場所だと思います。近いうち下見に伺おうと思います。
ここまでは決して順調な道のりではありませんでしたが、
清水澄子の作品をぜひ多くの方に知っていただきたい、私なりの表現で作品のよさを際立たせたい、
その一心でずっと実現を祈りつづけてきました。
あとはよりよいコンサートを企画し、みなさんに納得していただけるだけの内容をお披露目するだけです。
いつも心に言い聞かせ、願っていること。
それは「よい曲を作り続けるしかない」ということ。
それが全て。
華やかでなくても、控えめでも、確かなものが好きです。
ということでずっと思いつづけてきた夢がひとつ、またつぼみをほころばせ始めました。
清水澄子の作品、みなさんもぜひ触れてみてくださいね。
6/27
【旬を読む?】
ただ今6月、梅雨の季節…とはいっても今年は雨が少ない地域が多くて、
私の住まいの周りも雨不足です。
とはいっても新潟では大雨で避難勧告が発令されて、
大変な思いをされている方もいらっしゃるので、
やっぱり今年も異常気象でしょうか?
ところでこんな時期に、昨日から頭の中を駆け巡っているのは
「秋風渡る」というタイトル(仮称)の曲です。
秋の気配を感じる頃の切ない気持ちや思い出をテーマにした曲ですが、
いったいこの現象は私の頭の中も異常気象?いえいえそんなことはありません。
雅音人は毎月長野市BOSSAというお店で月に一度ライブを行なっているのです。
やはり次回何を歌うか?ということを毎回考えているわけですが、
そのときやはり欲しいのは季節物の「歌」。日本人は特に季節感をとても敏感に感じ取る民族だと思うわけです。
そこで季節の歌というのは意識して選曲しているのです。
次回は夏の歌を、と思っていますが、長野の夏は短いので、すぐに秋の歌が必要なんですね〜。
そんなわけでアパレル業界ではないんですが現在「秋物の歌」制作中と相成りました。
こんな努力、けっこう知らないでしょ?本当に売りたい!と思ったらもう冬の歌考えなくちゃ間に合いません。
曲ができてアレンジ、演奏できるまである程度の時間が必要ですからね。
そんなわけでこれまで作った曲に旬の曲を織り交ぜ、
これからも雅音人の活動は続くのです。またぜひ聴いてみてね!
6/25
「よろずや」ということになやんでいた頃があった。
なにせアルバムを作ろうと思って曲順を考えて並べてみると、
あまりに曲調がバリエーション豊富で同じアルバムに入れちゃおかしいだろう?という現象に陥るのである。
だいたいね、普通のアーティストって、自分のカラーって持ってるじゃないですか。
それを売りにしてる。
ところが私の場合は感じたことや物や人に対し、思いがけず曲が浮かんでしまうこともしばしば。
だから私の意思だけでない何かが働き、曲が生まれてくることが多いのです。
だから1曲聴いていただいて、ああ、雅音人さんってこんな作風なんですね〜、
と判断されてもそれで全てじゃない、ってことをわかっていただきたい!と思ってしまう。
ひとつのコンサートに全くタイプの違う曲が並び、聴いてる方々があっけに取られているのを感じると、
「私達、いろんな曲歌ってますから、気後れせずについてきてくださいね〜!」と叫んでお客様を引っ張っていくのです。
一時期はもっと売れ筋目指して、自分達のカラー考えたほうがいいかな〜?なんて思った時期もあったけれど、
私は八方美人なのか、お調子者なのか、子供達にも好かれたいし、おじいちゃん、おばあちゃんにも楽しんでもらいたい。
だから、幼稚園のコンサートから敬老会のコンサートまで承ってしまう。
おかげでちびっこのファンもいて、「たみちゃんだ〜」と寄って来てくれるからそれも嬉しい。
いいんだ、売れ筋だけが歌じゃないぞ〜、これが何かでいいチャンスを運んでくるかも知れないではないか!
そんなこんなでアートウイングの中でもとうとう「よろずや」を前面に打ち出し、エッセイのタイトルにまでしてしまった。
これからもコンサート、ライブでは自己紹介していくことでしょう。
「え〜、よろずやTmikoです。何でも歌える雅音人で〜す!」ってね!
アートウイングに雅音人の作品を紹介してみようと、これまでの作品をテーマ別に分類してみた。
大したことはないと思っていたが、これから発表するものも加えると、70曲を越えてしまった!
この中でCDになれない曲たちがかわいそうになってしまった。
ちょっとした親心だ。これまで、ラブ・アース・ネットワークとしての活動が中心だったので、
コンサートで選ぶ曲に偏りがあったということだろう。
それにしてもまだ作品として完成していない曲の種たちは私のネタ帖の中で長いこと眠っている。
いつか形にしてあげるね、とTamikoお母さんはその日を夢見ているのである。
音楽を始めて思う。
ほんと、曲を創り上げるっていうことは、つまり、みなさんに聴いていただけるようにするまでには、
多大な手間と時間、お金が必要なことです。
私の頭の中のメロディーや歌詞を練っているなんて、ほんのたやすいこと。
それからが大変だー!
でもね、やっぱ、よりよい状態でみなさんにお聴きいただきたい!そう思います。
本日、辻氏にご指導給わり、自分の鼻歌をパソコンで録音してみたのです、ひとりで!
できましたよ〜、ドキドキしながら。
今の世の中、音源をパソコンでやり取りできちゃうんですね〜、オドロキ!
知ってはいたが、まさか、自分がそれをやってみることになるとは思いもしなかった。
でも多くの方の、労力軽減のため、私も努力あるのみです。
このところ、少しづつではあるけれど、パソコンと仲良くなって、一つづつ出来ることが増えている。
しかしそれを「ほめて欲しいくらいだ」と申したところ、それくらいでほめられないと、
辻氏に一蹴されてしまった。
まったくほめてうまく育てようという気がないようだ。
しょうがない。自分の曲のためにがんばってくださっている方々のお言葉は、
逆らわず素直に聞いておこう。
スタッフ、それぞれやりたいこと、夢があるらしい。是非このアートウイングを盛り上げながら、
それぞれの夢の実現に向けて、がんばりましょうよ。
ではでは・・・
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